2008年6月15日

ありがとう

2006/05/06 撮影

5月5日午前2時8分。シャターラが眠りにつきました。
6歳6ヶ月でした。

シャターラは生後11ヶ月でアメリカから我が家に来た女の子です。真っ白な毛と青い瞳がとても綺麗な子でした。
大柄で性格もおっとりし、我が家で唯一添い寝してくれる子でした。らいぽんが大好きで、毎朝の散歩はサークルから脱走して、出勤準備で忙しいらいぽんに甘えに行くのが日課でした。らいぽんが散歩する時は、いつもケージから、らいぽんの胸に飛び込んでました。


シャターラは1歳を過ぎた頃から、鼻水がひどくなり、5年以上ずっと治療していました。

丁度1年前に血尿が出ましたが、膀胱と子宮のどちらが悪いかは開腹しないと分からないと言われました。しかし、長年スナッフルを煩っている為、手術には耐えられないだろうとも。

この時は、幸い投薬で血尿は治まりました。
しかし、昨年11月中旬に異変が起こりました。
散歩していると右後ろ足の動きが少し鈍いようなのです。見逃しそうな、ごくわずかなサインでした。
病院に行った所、原因はわからず。でも元気だったので様子を見ることにしました。

それから数日後、突然シャターラの右後ろ足が動かなくなりました。
同時に血尿も起こり、更にスナッフルも悪化し急激に弱りました。慌てて病院に連れて行きましたが、原因ははっきりわからないがおそらく子宮に問題があると言われました。

とにかく今できることは、投薬と強制給餌で体力を付け、なんとか手術に耐えて貰うしかないのです。

その後すぐ右前足も動かなくなり、右半身が完全に麻痺しました。
この日から寝たきりとなったシャターラとの生活が始まりました。
寝たきりのウサギの介護の話は長くなるので、ここでは省略します。別途書くことが出来ればと思います。

二週間後。幸いにも投薬と強制給餌でなんとか体力を戻すことが出来ました。
これを逃すとおそらく二度とチャンスは訪れないと感じたので、手術に踏み切りました。

シャターラは手術には耐えてくれました。
しかし残念なことに癌で、既に腹部全体に病巣が広がり、取り除くことは出来ずそのまま閉じてもらいました。


術後の回復は順調で、強制給餌も充分とは言えませんが、なんとか食べてくれました。
なるべく新鮮な野菜を入手し、毎日好きなものを食べて貰いました。今年の1月末までは強制給餌が欠かせませんでしたが、ペレットもいろんな種類を試し、わずかながら自力で食べてくれるようになりました。

仕事から帰宅すると、シャターラは動かない体でも必死で顔を上げて、喜んでくれました。
食べ物をあげて離れようとすると、手のひらに顔を押しつけ、撫でてと強請ってくれました。

シャターラは一時は絶望的な状況でしたが、寝たきりながらも平穏な日が続き、なんとなくこのままずっと一緒に居てくれるのではないかと思ってました。


しかし5月5日。
日付が変わった後、様態が急変し、それからわずか20分後に亡くなりました。
シャターラは苦しいながらも最後まで一生懸命に私たちを見つめ続けていました。


シャターラの闘病生活は5年半でした。

毎週病院に薬を貰いに行き、月に1〜2回通院していました。
寝たきりになってからは床擦れの為、週に何度か出来る限りレーザー治療に通いました。

毎日早く帰らなければ、と思っていたのに急にそれが無くなり、しばらく呆然としました。
まだ辛いですが、やっとシャターラのことを書くことが出来ました。



ネットで見かけたのですが、「虹の橋」の話と一緒に見て欲しい詩です。

最後の闘い
Author : Yoshifumi Yamawaki
WMPより

アリエルもクリスもムーンもシャターラもみんな最後まで立派に闘ってくれました。


虹の橋に関する詩を纏めたサイト

虹の橋
第一部  虹の橋
作者不明、翻訳いっけさん
第二部  虹の橋にて
作者不明、翻訳いっけさん
第三部  雨降り地区
作者:芝山弓子様

雨降り地区を書かれた芝山弓子様は2005年12月に急逝され、掲載されていたサイトは閉鎖されたそうです。
これらをまとめているサイトです。


うさんぽ会のクラウンのモデル写真です。
2005/01/16 撮影

ずっと治療中でしたが、一ヶ月だけ治った時期がありました。
先に虹の橋に行っているムーンちゃんとのショットです。
2003/08/08 撮影


2008年6月15日